ラベルに「山田錦」「協会9号」「硬水仕込み」とあれば、それぞれ何を示すのだろう。酒米は蒸米と麹づくりの扱いやすさに、酵母は発酵と香り・酸のつくり方に、水は微生物と酵素が働く条件に関わる。ただし、どれか一つが味を決めるわけではない。精米、麹、仕込みの設計、原料の年ごとの状態が重なって、一本の酒の輪郭になる。[1] [2]
以下では、ラベルを読むための手掛かりとして、酒米、酵母、水、そして味と香りの成分を順に見る。品種名や酵母名は「この味になる」という約束ではなく、蔵がどんな原料特性や発酵の選択肢を使ったかを想像する入口である。
全国8地域の酒米を読む
同じ日本酒でも、「山田錦」と「雄町」ではどこが違うのか。酒米を見るときに役立つのは、味の決めつけよりも、蔵がその米をどう扱えるかという視点だ。
まず知っておきたいのが心白(しんぱく)。米の中心にある白く不透明な部分で、デンプン粒の間に空隙が多く、水が入りやすい。麹菌の菌糸が内側へ伸びることや、もろみでの溶け方に関わる。ただし、大きな心白は精米や吸水時に割れやすさを生むこともある。大きければ優秀、という単純な話ではない。[1]
もう一つはタンパク質。米タンパク質が分解されると、アミノ酸やペプチドになる。これは味をつくる材料でもあり、量や組成によっては苦味や雑味側にも働く。どの米を選び、どこまで精米し、どう麹をつくるかは、香りや味の設計につながっている。[1] [2]
品種の誕生には、交配開始・命名・奨励品種への採用・品種登録など、いくつかの節目がある。下記では確認できた節目と、その年を明記する。雄町のような在来品種は、人工的な交配による開発とは区別して紹介する。
以下の酒質表現は、試験醸造や産地の紹介で示される傾向として読むものだ。栽培年、精米、麹、酵母が違えば、同じ品種でも仕上がりは変わる。[3]
北海道・東北5品種
吟風(北海道)
北海道の酒米を知る入口
誕生:1990年に北海道立中央農業試験場で交配・育成され、2000年3月に北海道の奨励品種となった。[4]
北海道で育成され、主に空知・上川で栽培される酒米。大きく明瞭な心白が特徴で、道内の酒づくりを支える品種の一つだ。産地では芳醇な香りの酒が期待される米として紹介される。ラベルに吟風を見つけたら、北海道の水や酵母と組み合わせて、蔵がどんな香りと厚みをつくっているかを考えてみたい。[4] [5] [6]
彗星(北海道)
低タンパク質を生かす、北海道の酒米
誕生:1996年に北海道立中央農業試験場で交配・育成が始まり、2006年2月に北海道の優良品種に認定された。[76]
大粒でタンパク質が少なく、吸水性が高い酒米。北海道酒造組合は、淡麗な味わいの酒につながる品種として紹介している。吟風と同じ北海道の米でも、原料の性質や目指す酒質の違いがある。香りや味は、精米、麹、酵母、造り方との組合せで変わる。[77]
出羽燦々(山形)
吸水・溶解のよさが支える幅のある味
誕生:1985年に山形県農業試験場庄内支場で人工交配され、1997年に「出羽燦々」として登録された。[7]
山形で育成された大粒心白米。美山錦との比較では心白がよく現れ、蒸米の吸水性・消化性が良く、粗タンパク質はやや低い。産地ではやわらかく、香りと味に幅のある酒になりやすいと紹介される。「よく溶ける米をどう生かすか」という造りの違いに注目できる品種だ。[7] [8]
美郷錦(秋田)
高精白を支える、粒の扱いやすさ
誕生:1987年、秋田県農業試験場で山田錦と美山錦を人工交配し、選抜・育成した秋田県の酒造好適米。[9]
秋田で育成された品種。高精白時の精米特性に優れ、精白米のタンパク質も低いことが報告されている。吟醸酒の比較試験では、香りが高くきれいと評価された。単に「華やかな米」と覚えるより、よく削った米で香りや味を組み立てるための原料と見ると、ラベルの情報が具体的になる。[9]
亀の尾(山形など)
3本の穂から広がった在来米
誕生:1893年、山形県立谷沢村(現・庄内町)の農家・阿部亀治が、冷立稲の中から実った3本の穂を発見。栽培と選抜を重ね、1897年に「亀ノ尾」と命名した。[78]
現代の酒造好適米のように人工交配でつくられた品種ではなく、在来の食用米に由来する。少ない肥料でも育つ一方、肥料が多いと倒れやすく、栽培にも工夫を要する。酒造米としても使われ、醸造家が自ら栽培して吟醸酒に用いる例もある。米の性質だけでなく、栽培から酒づくりへ続く物語にも注目したい。[78] [79]
関東3品種
夢ささら(栃木)
高精白への強さと、ゆっくりした吸水
誕生:2005年に栃木県農業試験場で山田錦とT酒25を交配して育成され、2022年に品種登録された。[10]
心白の発現が良く、高度精白に向く栃木の酒米。一方で吸水は遅めで、もろみでもやや溶けにくい傾向がある。小仕込みでは、山田錦よりアミノ酸度や酸味が高い結果も示された。磨きやすさだけでなく、吸水や発酵経過をどう調整するかに蔵の工夫が現れる品種だ。[10] [11]
ひたち錦(茨城)
低タンパク質を生かす透明感
誕生:1991年に茨城県農業総合センター生物工学研究所で交配・育成され、2001年に県の奨励品種となった。[12]
茨城で初めて育成された酒米。大粒で、小〜中程度の心白が揃い、白米の粗タンパク質が低い。県は透明感が高く、すっきりした味の酒として紹介している。米由来のアミノ酸を抑えたい設計に役立つ特性だが、低タンパク質だから味が薄い、という意味ではない。[12] [13]
舞風(群馬)
同じ米でも、酒の個性は一つではない
誕生:1998年の人工交配から群馬県農業技術センターが育成を進め、2011年3月に品種登録された。[14]
群馬の米・酵母・水を使う「オール群馬」の酒づくりで用いられる品種。米質はやや硬く、吸水と消化性は緩やかだ。県の掲載する舞風使用酒には、日本酒度や酸度に幅がある。同じ米の酒を見比べても、甘辛や味の輪郭が揃うわけではないことが分かる。[14] [15]
甲信越・北陸4品種
五百万石(新潟など)
麹をつくりやすいが、削りすぎには難しさも
誕生:1938年に新潟県農業試験場で交配され、1957年に「五百万石」と命名、新潟県の奨励品種となった。[16]
大粒で心白がよく現れ、製麹しやすい代表的な酒米。淡麗で軽快な酒質と結び付けて紹介されることが多い。一方、大きな心白は粒の脆さにもつながり、大きく削る場合には扱いに注意が必要になる。麹づくりのよさと、高精白時の難しさを併せ持つ米である。[1] [17] [18]
美山錦(長野など)
寒冷地の酒づくりを支える大粒米
誕生:1972年から長野県農業試験場が「たかね錦」をもとに選抜・育成し、1978年に「美山錦」と命名、長野県の奨励品種に採用された。[19] [20]
長野で選抜された、心白がよく現れる大粒の酒米。耐冷性も確認され、東北・信越の酒づくりでも知られる。なめらかでさっぱりとした、キレのよい酒質と紹介されることが多い。蔵ごとの香りの違いや、後味の軽さ・厚さに注目すると、同じ美山錦の酒でも比較が面白くなる。[1] [21]
ひとごこち(長野)
大粒で心白が出やすい、信州の酒米
誕生:1987年、長野県農事試験場で白妙錦系統と信交444号を交配して育成が始まり、1997年に奨励品種に採用された。[80]
美山錦より大粒で粒ぞろいが良く、米の中心に白い部分「心白」が出やすい酒米。心白は麹菌が内側へ入り込むことや、吸水のしかたに関わる。長野の地酒でラベルを見かけたら、同じ地域の美山錦を使う酒と、原料の違いを考えてみたい。完成酒の味は、麹や酵母、仕込みの設計によっても変わる。[80] [81]
越淡麗(新潟)
五百万石とは違う、高精白への選択肢
誕生:新潟県農業総合研究所作物研究センター育種科が育成し、2004年9月に品種登録を出願した。[22]
低タンパク質で、高度精白への耐性に優れる新潟の酒米。線状の心白をもち、五百万石より砕米が少ない。初期吸水は緩やかでも、長時間ではよく吸水し、蒸米の消化性も高かった試験がある。試験醸造ではやわらかく、ふくらみのある酒と評価されている。[18] [22]
東海3品種
誉富士(静岡)
大粒・高い心白発現を生かす酒米
誕生:1998年、静岡県の宮田祐二研究員が山田錦をもとに育成を始め、2009年3月に「誉富士」として品種登録された。[23]
静岡で育成された、大粒で心白がよく現れる品種。心白は線〜点状で、県の比較資料では醸造適性が高く、旨味をもつ酒質と整理されている。ここでいう旨味は、あるアミノ酸一つの量ではなく、甘味、酸、香りを含む酒全体の印象として捉えたい。[24]
夢山水(愛知)
奥三河の米が支える吟醸づくり
誕生:愛知県農業総合試験場の山間農業研究所で育成され、2001年に登録された。[25]
愛知県東北部の中山間地、とくに奥三河で栽培される酒米。やや硬めの米質で、タンパク質が低いことを背景に、淡麗型の純米吟醸酒への利用が整理されている。香りだけでなく、口に含んだときの軽さや後味がどう設計されているかに注目したい品種だ。[26] [25]
神の穂(三重)
精米で割れにくいことも、酒米の長所
誕生:1996年8月、三重県松阪市の三重県農業技術センターで人工交配され、2007年10月に「神の穂」と命名された。[27]
三重で育成された品種。比較試験では、精米時に粒が割れにくく、吸水性・消化性は同程度だった。県内の蔵による純米酒の試験では、旨味のある優しい味わいと評価されている。心白だけでなく、精米して使いやすいかどうかも、酒米の大切な特性である。[28]
近畿3品種
山田錦(兵庫)
代表格の理由は、完成酒の味より原料特性にある
誕生:1923年に兵庫県立農事試験場で交配され、1936年に「山田錦」と命名、兵庫県の奨励品種に採用された。[29]
大粒で、中心に鮮明な心白をもち、タンパク質が少ない代表的な酒米。心白は吸水や麹菌の入り方に関わり、精米・麹づくりを軸にした酒造設計で広く使われる。兵庫県は豊潤な酒と紹介しているが、「山田錦=濃い酒」ではない。同じ原料が、蔵によって異なる酒に仕上がる点こそ見比べたい。[1] [29]
愛山(兵庫)
大きな粒と心白は、魅力でも扱いの難しさでもある
誕生:1941年、兵庫県立農事試験場酒造米試験地で、愛船117と山雄67を人工交配して育成が始まった。[30]
山田錦より大粒で、心白が多く大きい品種。これは吸水や溶解に利点をもちうる一方、精米・吸水時の割れに注意を要する。完成酒の紹介では甘くジューシー、濃醇という表現が多いが、それは酒質の傾向。原料の扱いと発酵設計が重なった結果として味を読んでいきたい。[1] [30] [31]
祝(京都)
溶けやすさと、割れやすさの両面をもつ京都の米
誕生:1933年、京都府立農事試験場丹後分場で、在来品種「野条穂」から優良な系統を選び出して育成された。[32]
京都独自の品種。大粒で低タンパク質、心白がよく現れ、吸水性と溶解性に優れる。一方、高精白や吸水時には割れやすさへの配慮も必要だ。醸造研究では、なめらかな特有の味わいと紹介されている。米の特性を麹と発酵でどう生かすかが、酒の口当たりにつながる。[33] [34] [35]
中国4品種
雄町(岡山)
ふくよかさの背景に、吸水しやすい粒の構造
誕生:1859年に岡山県高島村雄町の岸本甚造が変わった穂を発見し、選抜を重ねて1866年に「二本草」と命名した。人工交配ではなく、発見・選抜から生まれた品種である。[36]
岡山を原産地とする大粒の酒米で、全国生産の大部分を県内が担う。心白の発現が良く、水が入りやすい反面、割れやすさもある。産地団体は、蒸米を外硬内軟にしやすく、適度な旨味とまろみをもつ酒になると整理する。ふくよかさという印象の背景に、吸水や麹づくりの選択がある米だ。[37] [36]
八反錦(広島)
大きな心白を、どこまで生かすか
誕生:1983年に広島県が育成した酒造好適米。ここでは八反錦1号を紹介する。[38]
広島で育成された八反錦1号は大粒で、心白が大きく、よく現れる。醸造上の長所となる一方、精米時には砕米や胴割れが生じやすく、吸水や製麹でも米の状態を見極める必要がある。香りや味を品種名だけで予想するより、精米歩合と合わせて、どんな造りに使われているかを見たい。[38]
萌えいぶき(広島)
暑さに強い、雄町系の新しい酒米
誕生:2012年に広島県立総合技術研究所と農研機構の共同研究で交配・育成を開始し、2023年3月に広島県の奨励品種に採用された。品種登録出願名は「広系酒45号」で、「萌えいぶき」は流通に使われる登録商標。[82] [83]
夏の高温でも米の品質や溶けやすさが崩れにくいことを目指して開発された、雄町系の酒米。蒸した米がほぐれやすく、もろみでも溶けやすいと評価されている。試験醸造では、ふくらみのある酒質が報告された。気候への対応と、蔵での扱いやすさを両立させる新しい原料の例である。[82] [83]
西都の雫(山口)
県オリジナル米から、地酒の違いを探る
誕生:1997年、山口県山口市の山口県農業試験場で「穀良都」と「西海222号」を交配して育成が始まった。育成者は金子和彦・羽嶋正恭。[39] [40]
山口で育成された大粒品種。大きな線状の心白が多く、タンパク質は山田錦並。育成試験では淡麗でキレが良いと評価され、現場からは程良い吸水や、年ごとの品質の安定性を評価する声がある。原料を安定して扱えることは、蔵が狙う酒質を再現するうえでも大切になる。[39] [41]
四国3品種
しずく媛(愛媛)
よく吸水する、愛媛の大粒米
誕生:愛媛県農林水産研究所の農業研究部作物育種室が育成し、2007年に品種登録を出願した。[42]
愛媛で育成された酒米。松山三井より大粒で、心白の発現が高く、白米のタンパク質が低い。蒸米の吸水率も高く、試験醸造では旨味があり、やわらかい酒質と評価された。水を取り込みやすい原料を、蔵がどんな麹と発酵設計で使っているかを想像できる品種だ。[42]
土佐麗(高知)
高精白と吸水の安定性を支える米質
誕生:高知県南国市の高知県農業技術センターが育成。2018年に県の奨励品種に採用され、2019年に「土佐麗」と命名された。[43]
高知で育成された品種。風鳴子より小さめの心白と少ない乳白粒が特徴で、浸漬時の割れにくさや吸水の安定性につながると考えられている。高精白でも粒が割れにくかった。華やかさや甘辛の固定イメージより、高精白に取り組みやすい原料特性に注目すると分かりやすい。[44] [43]
さぬきよいまい(香川)
心白がなくても、酒米として力を発揮する
誕生:1995年に香川大学農学部で交配し、香川県農業試験場でも選抜を進めた共同開発品種。2006年3月に品種登録を出願した。[45]
極めて大粒だが、通常は心白がほぼ現れない品種。それでも醸造適性の評価は良好で、県の官能評価ではバランスが良く、ふくらみのある酒とされた。「心白が多いほど良い酒米」という理解を見直すのに好例となる。米の適性は、一つの特徴ではなく全体の組合せで決まる。[46] [45]
九州2品種
夢一献(福岡)
酒造好適米だけが、日本酒の原料ではない
誕生:1993年、福岡県筑紫野市の福岡県農業総合試験場で、北陸160号とちくし6号を交配して育成が始まった。[47]
福岡で育成された酒造用一般米。心白をもつ酒造好適米とは区別されるが、大粒で、比較試験では吸水や蒸米の消化性、タンパク質の低さに良好な値を示した。原料処理を組み立てやすい米を選ぶことも、蔵の酒づくり。日本酒に向く米は、心白米だけではない。[48] [49]
さがの華(佐賀)
吸水・消化性を生かす佐賀の酒米
誕生:1988年、佐賀県農業試験研究センターで若水と山田錦を交配して育成され、2000年に「さがの華」として品種登録された。[50]
佐賀で育成された、大粒で大きな心白を多くもつ酒造好適米。吸水性と消化性に優れ、県内の蔵による試験醸造では、すっきり、まろやかという評価が多かった。どちらか一方の味に固定されない点も面白い。同じ原料でも、麹や酵母の選択によって酒の表情は変わる。[51] [50]
酒米を知るときは、「雄町だからこの味」と答えを決めるより、同じ米で違う蔵、同じ蔵で違う米を見比べる視点が役立つ。米の性質と、蔵の設計がそれぞれどこに現れているのか。その疑問を持つだけで、ラベルは単なる原材料表示以上の情報になる。
協会酵母と地域酵母を読む
酵母は、発酵の進み方に加え、酒の香りや酸の出方に関わる。ラベルの酵母名は、蔵が選んだ酒質設計の手掛かりとして読むとよい。[2]
一覧表は横にスクロールして読めます。
| 種類 | 由来・地域 | 特徴 |
|---|---|---|
| 6号 | 秋田・新政由来 | 発酵力が強く香りは穏やか。まろやかで淡麗な酒質の設計に向く。[52] |
| 7号 | 長野・真澄由来 | 強い発酵力と芳香をもち、吟醸酒から幅広い酒づくりに使われる。[2] [52] |
| 9号 | 熊本県酒造研究所由来 | 華やかな吟醸香を狙う代表的な選択肢で、香り重視の設計で知られる。[52] |
| 10号 | 東北地方のもろみ由来(小川酵母) | 酸が少なく、吟醸香の高い酒を狙う際に用いられる酵母である。[52] |
| 14号 | 北陸地方のもろみ由来(金沢酵母) | 酸が少なく、吟醸香の高い酒を狙う際に用いられる酵母である。[52] |
| 1801号 | 1601号と9号系統の交雑・選抜 | 泡を抑えやすく、華やかな香りと低い酸・アミノ酸を狙う選択肢。[53] |
| 601・701・901号 | 6号・7号・9号から選抜 | 元系統の特徴を保ちつつ、醪の高泡をつくらず管理しやすい。[52] |
| AK-1 | 秋田県醸造試験場(協会1501号としても頒布) | 果実を思わせる華やかな香りを生かし、酸を低めにする選択肢。[52] [54] |
| 静岡系統 | 静岡県で育成・利用された酵母群 | 一菌株ではなく複数系統の総称。県産酒の香りを生かす設計に用いる。[55] [56] |
| CEL-24 | 高知県 | 華やかな香りに、爽やかな酸味と甘口寄りの味わいを組み合わせやすい。[57] |
水質は発酵の条件をつくる
水質を考えるとき、まず注目したいのは、ミネラルが発酵にどう関わるかという点だ。洗米・浸漬から仕込みまでに、水中の無機成分が麹菌、酵母、もろみ中の酵素に働きかける。蒸米の溶け方、糖化、発酵の進み方が変わり、その先で酸やアミノ酸などの成分に影響する。[59] [60] 水質は酒の個性を決める唯一の要因ではなく、米、麹、酵母、造りと組み合わさる発酵条件の一つである。
硬度はカルシウム(Ca)とマグネシウム(Mg)の濃度から算出する水の分類である。[59] ここで混同しやすいのが酵母の栄養との関係だ。Mgは硬度の構成成分であり、微生物の増殖・発酵にも必要である。しかし、カリウム(K)とリン酸(無機リン)は硬度を決めない。K、Mg、リン酸は麹菌・酵母の生育に必要で、不足すれば発酵が鈍る。とくにリンは、米中ではフィチン酸などの有機態で多く、麹のフィターゼが無機リンへ変えて酵母が利用する。[60]
原料米も無機成分の主要な供給源であり、K、P、Mgは米の外層、とくにアリューロン層に多い。[61] そのため、軟水だから栄養がない、硬水だから酵母がよく働く、と一概にはいえない。水と米からの供給量、精米や浸漬での流出、麹の働きを合わせて見る必要がある。Caは酵母の必須栄養素ではないが、代謝・発酵を助け、CaやMgはアミラーゼの作用、すなわち米のでんぷんを糖へ近づける働きに関わるとされる。[60]
酒類総合研究所の小仕込み試験では、硫酸塩が蒸米の溶解性を高め、清酒のアミノ酸含量を下げる可能性が示された。[59] また、高硬度の水で仕込んだ酒には、苦味・酸味・塩味が高く、旨味が低い傾向が見いだされた。ただし同程度の硬度でも異なる挙動の水があり、硬度だけで醸造特性や酒質を推定するのは難しい。[59] 「硬水は辛口、軟水は甘口」は、発酵と成分の複雑な過程を省いた覚え方にすぎない。
鉄(Fe)とマンガン(Mn)は、酒造用水では低く管理したい元素である。鉄は麹由来のデフェリフェリクリシンと結合してフェリクリシンとなり、清酒の着色を招く。Mnは日光着色を促進する触媒として働く。[62] 水の鉄は仕込みだけでなく、洗米・浸漬で米に沈着しうるため、工程全体での管理が必要になる。[63]
灘の宮水は、水の成分と管理の関係を示す例である。西宮市によれば、法安寺・札場筋の伏流水は発酵を助けるKとリンを多く含む。別の戎伏流は、酸素によって鉄を酸化鉄として沈殿除去する。両者が合流し、栄養となる無機成分をもちつつ鉄が少ない水になる。[64] 一方、広島の水はミネラルの少ない軟水で、かつて酒造りに不利とされた。広島県は、三浦仙三郎が麹の力を引き出す軟水醸造法を開発したと説明する。[65] ふくよかでキメが細かいという広島酒の表現も、地域的な傾向であって、個別銘柄への味の約束ではない。[65]
水の情報を見つけたら、硬度の数字だけで味を決めず、どの無機成分が発酵を支え、不要な鉄やMnをどう抑えるかという工程の話として読む。水質を単なる味付けの違いとして見るより、米・麹・酵母の働きにどう影響し、どんな酒質につながるかを考えると理解しやすい。
酸味・旨味・香りを、感じた言葉から理解する
「すっきり」「ふくよか」「フルーティー」。日本酒の感想には便利な言葉が多いが、もう一歩だけ具体的にすると、好みの違いを記録しやすくなる。
まず、酸味や甘味は主に舌で感じ、香りは鼻で感じる。口に含んだときの香りも、口から鼻へ抜けて感じているものだ。味と香りは一緒に感じるが、働く成分は同じではない。[66] [67]
酸味:「酸っぱい」だけでなく、後味まで見てみる
酸味は、甘さとの対比で味を引き締めたり、後味の印象を変えたりする。例えば「甘みのあとに、きゅっと酸が残る」「すっきりした酸味で、後味は軽い」と書けば、単に「酸が強い」より伝わりやすい。代表的な酸を知っておくと、この違いを考える手掛かりになる。[68] [69]
乳酸|日本酒の酸味をつくる土台の一つ
清酒を代表する酸の一つ。乳酸菌や酵母がつくるもの、酒造りの途中で加えるものがある。乳酸が関わる酒にも、口当たりを丸く感じるものや、引き締まって感じるものがあり、甘さやほかの酸との釣り合いで印象は変わる。[2] [68]
リンゴ酸|すっきりした酸味を考える手掛かり
爽やかさや後味の軽さと結び付けて説明される酸。「リンゴ」という名前でも、リンゴの香りをつくる成分ではない。酸味をつくるリンゴ酸と、後で紹介するリンゴ様の香りをつくる成分は別物である。[68] [66]
コハク酸|酸味と、味の厚みに関わる
旨味を伴う厚みとして感じられる場合もあれば、量や組合せによって重く感じられる場合もある。「コハク酸が多い=濃くておいしい」ではなく、甘さやほかの酸とのバランスが大切になる。[68] [66]
クエン酸|明るい酸味と、ときに苦味側の印象
明るい酸味に関わる一方、苦味寄りに感じられることもある。日本酒の中では、糖やアルコール、ほかの酸と混ざって感じるため、クエン酸だけで酒の味が決まるわけではない。[68] [66]
酢酸|酸味だけでなく、酢を思わせるにおいにも
酢酸は酸味に加え、量によっては酢のようなにおいにつながる。蒸発して鼻にも届く成分なので、「酸はすべて舌だけで感じる」とは言えない。舌で感じる酸味と、鼻に届く酸っぱいにおいを分けて考えると分かりやすい。[66]
旨味:甘み、苦味、厚みを分けて考える
アミノ酸は、米のタンパク質などが分解されてできる小さな成分。日本酒には多くの種類が含まれていて、すべてが旨味をつくるわけではない。甘味寄りに働くものも、苦味側に働くものもある。[70]
アラニン・グリシン|やさしい甘さに関わる
甘味寄りに働くアミノ酸として知られる。ただし、日本酒の甘さには糖も関わる。「やさしく甘い」と感じても、アラニンやグリシンが多いと分かるわけではない。[70] [71]
グルタミン酸・アスパラギン酸|旨味の説明に登場するが、酒の中では条件次第
うま味の話でよく挙がる名前だが、日本酒の中では、量やほかの成分との組合せによって酸味や渋味側に働くこともある。「グルタミン酸が多いほど旨い」と覚えるのは不正確。調味料でのイメージを、そのまま酒へ当てはめないことが大切だ。[70]
アルギニン・ロイシン・イソロイシン|苦味側に働くこともある
これらもアミノ酸の一種で、条件によっては苦味側の印象に関わる。アミノ酸が多いから上質、少ないから物足りない、という一つの物差しでは判断できない。[70]
また、「うま味」と「厚み・ふくらみ」は似た言葉でも、まったく同じではない。味の厚みは、糖、酸、アミノ酸、香りなどが合わさった全体の印象として捉えると分かりやすい。[71] [72] 「甘みは控えめだが、味に幅がある」「甘みのあとに、少し苦味が残る」のように分けて書くと、自分の好みも見えやすくなる。
香り:果物を加えていないのに、なぜ果物のように香る?
日本酒を造る酵母は、アルコールだけでなく、鼻に届く香りの成分もつくる。人がその成分を、バナナやリンゴ、花などに似た香りとして感じる。果物のように香るからといって、果物を加えているという意味ではない。[67] [73]
リンゴのような香り|カプロン酸エチル
ヘキサン酸エチルとも呼ばれる。こちらは香りの成分で、先ほどのリンゴ酸とは別物。「リンゴのように香る」と「すっきりした酸味がある」は、別々の感想として記録できる。[67] [73]
バラや甘い花のような香り|2-フェニルエタノール
花を思わせる香りに関わる成分。フェニルアラニンというアミノ酸が、酵母の働きを通じてこの香りの生成に関わることもある。アミノ酸自体が花のように香るわけではなく、酵母が別の成分へ変えることで香りにつながる。[67] [74]
バターのような香り|ジアセチル
バターやヨーグルトのような香りとして説明される成分。清酒では、製造管理上の問題と結び付く場合もあるため、こうした香りがあること自体を品質の良さとは捉えない。[67]
蜂蜜やドライフルーツのような熟成香|ソトロン
熟成した清酒の香りに関わり、蜂蜜、ドライフルーツ、糖蜜などにたとえられる。量やほかの香りとの組合せによっては、好ましい熟成感にも、古さの印象にもつながる。[67]
香りの成分は、入っていれば必ず強く感じるわけではない。人が感じ取れる量に達しているか、ほかの香りに隠されていないかによっても変わる。「リンゴ様」「バナナ様」「花様」は、まず自分が感じた印象を表す言葉として使えばよい。[66] [67]
記録は、成分当てクイズにしなくていい
成分名を知らなくても、「バナナのような香りで、口当たりはやわらかい」「花のような香りが口から鼻へ抜け、味には厚みがある」と書ければ十分。成分名は、その違いをもっと知りたくなったときの手掛かりである。
飲んだだけで「リンゴ酸が多い」「グルタミン酸が多い」とは判断できない。感じた印象と、分析や蔵元の資料で分かる成分の事実は、分けて記録したい。[66] [75]